台風15号被害が直撃した館山市にボランティアへ

2019年10月7日:雑談

台風15号被害が多く、一時はTwitterのタイムラインですら騒がれた台風15号の千葉県台風被害のお話。
ブルーシートや日用品。停電から断水までいろいろありました。
消費税増税の話がといったお話がございましたが、今はこの台風被害から約3週間経っています。

あれから台風被害から停電という話は聞かないとはいえ、ブルーシートの屋根も多々あり、先日降った雨で雨漏りした家があったり、同じ館山市内でも車で数分というで被害状況がずいぶんことなることもありました。

※写真撮影は現地の方々に許可を得て撮影をしております。
人んちだしね…。

経緯は…

「土日に館山いきません?」という軽い感覚で誘われました。
「それだけ?」というのがありますが。
それだけでした。
私自身は「別に行ってみるかな。興味ある!」って感覚でした。言われた荷物を用意して行きました。

経緯は9月の三連休

実はこの時に野田市民有志の地域グループで、館山へ支援物資を持ち込むというのが台風被害から3日目にちょっとありました。
そこで…。
集積具合を写真撮りに行ってますが車2台分になるほど集まってしまいました。。。

ギリギリな告知して、これぐらいアクティブ数いた場合。持ち込みはそれぐらいかな。
輸送力を考慮したら、自分は足りなくなった第二次輸送でいいかなって考えでした。
(輸送力のキャパシティーの問題ありますからね)

たしかに停電や断水といったものから、回復して街のインフラとして回復したように見える館山市ですが、内情はまだまだです。

災害ボランティアって何するの。。

台風被害から20日以上経ってきました。
そうなると、ボランティア行って何するのってまずなったのは私です。

一人でこのようなことはやったことも、そもそもやらない人ですからね。ボランティア歴がベテランな領域まで行ってる人と一緒に言ってます。災害起きた各地に何らか行ってる方なので、「これ必要じゃね?」「多分あれやるのかな?」的にわかる人でした。
そうじゃないと私は無理でした。

家の中にあるがれきの仕分けや撤去といった内容でした。

意外と地味に見えますが…。

経験ある人たちの車だと、単なるがれき撤去でも使わないものまで色々持ち込んでいるのがわかりました。
チェーンソーある人までいましたね。
自分と一緒に行った人はバーベルの持ち込みでした。

時がたっていたせいか、ボランティアでも質に格差がひどく感じました。
工事道具やあらゆる工具を持ち込んでいる人がいれば軍手とちょっとした装備という落差はびっくりいたしました。

やはり、ボランティアと一纏めでみてしまうが、ニュースで見るような現場に点々と行かれてる方々はなんか慣れてる。

「ブルーシートの屋根張り?それボランティアがやること?人手不足とはいえ…」って一瞬思ったけど。。
※フォローとして言うと高所や屋根作業を生業にしている人も参加しています。

人数は9月最初の三連休は200人いたところが、現在は最終的に60名強に落ち着いた感じでした。
走っていた道は電柱が倒れてもなく、電線もそのようなことはありませんでした。
ところが、支援物資を運んだ直後はそのようなことはなく、全然倒れていたり、電線が垂れ下がっていたりと、3週間で回復した早さに驚いていました。

今回TSUNAGARIプロジェクト(つながり)のボランティア登録を行っております。
あれ、どっかでつながりさんってやらかしていたような…。
ボランティア団体「TSUNAGARI」に批判殺到?当事者に聞いたTSUNAGARIの真実
ま、そういうのは置いておこうか。
(災害ボランティアに詳しくない人がそれ以上言っても意味ないから置いておきます。)

というか。そもそもどういう流れで来たの?

お世話になっていながらねぇ。。うーん。
今回の流れを見ていくと。
ある方(そこそこ偉い人)が現地にすぐ入って、状況を調べて、以前お世話になったつながりさんを呼んだという流れでした。
館山市の本部に使っているホテルを無償で借りた形で入っている感じでした。(10月末まで使うようです)

今回の館山市の場合は、流れ的に社協(社会福祉協議会)と連絡を取り合いつつ、本部運営してる感じでした。
「統合しないの?」って考えはありますが、別に動く感じでした。

何かやらかす人がやったボランティア活動とは

家の中にあるがれき…ではなく、家財道具や家電をの処分や分別でいったん外に出して指定の置き場に運ぶ作業。
他には、倒木を片付けて家の隅にまとめたものをトラックに積んで指定の置き場に運ぶ作業をしてました。自分がやったボランティアでは一番大変だったのは木材の処理でした。

合計で3、4軒今回行いましたが家財と倒木で片づけたのを運んだりとで、時間がゆったり過ぎていくのか、早く過ぎていくのかわからなかったような…。

肌身で感じたのは、確かにブルーシートで曲がりなりにも応急処置が施され、電柱も聞いた話では倒れてなかったり、電線も垂れ下がってないという感じで、高台から見てしまうと台風が過ぎて、何事もなかったかのようにも感じます。

そして、住民との話すということもボランティアの一種ということで、休んでる時にちょこちょこ話してもいました。
たまには、のんびり後方で見ていたり情報を見ている側でなく、現地で体験する大切さや、悲惨な状況はとても勉強になったし、人生の糧になりました。

中に入ると違う。

家の外見がよくても、意外と中はまだまだ台風が過ぎたままであり、濡れた家財や家電で不要な家電を家から運び出すという内容は、正直なところ頭で浮かばないところがあったりもしました。
…正確に言うと。3週経ってボランティアってなんなんと一瞬思ったぐらい。
しかしながら、現実はそういうものではなく、台風被害当時のまま生活している人たちがまだいる現実がありました。

これからが正念場とも感じます。
インフラは復旧したように見えても、仮復旧な側面があまりにも大きいですからね。
災害でてんてこ舞いという時にたぬきといった動物に畑を荒らされている(というか全部やられた)話もちらりと聞いたりもしました。

参加してみてわかること

たしかに災害ボランティアというのは、勉強になったり、現地がわかることやボランティア運営という、運営大好き人間から見ちゃう変態趣味がある自分にはとてもいい経験になったのは事実です。
しかし、ボランティアが逗留することになるホテルとかでも自粛することや食事でも自前で用意するとはいえ、炊き出しを今回は行っていないこともあり、糖質制限を医者から指導受けてる側的に見ちゃうと、栄養の偏りとか気にしてしまうとこや、「どんな形であれボランティアだって慰労することも大事なのでは?」とも感じてしまいます。
(インスタントやレトルトで済ましている)

調理施設までホテルを本部に使っていたり宿泊に使っていても借りてません。保健所通す手間があるかと思います。

さいご

ボランティア活動は否定的に見えますが重要性はわかります。(つながりさんの悪いとこ書いてしまったが…)
でも、つながりさんみたいなボランティアの緊急展開できる即応組織も大事ですが、これから色々発展するところがあると思います。

館山市はまだまだ回復途上というところだと思いますが、極端な感じも少ししました。
被災した家屋もあれば、ほとんど被害がない家もあったりと。
竜巻4つ襲ってきて、それで持っていかれたとか色々お話を伺いました。
そのため、地区ごとに被害実態というのはバラバラでした。

館山の夕焼けや猫ちゃんも撮影を別途してますので、それは違う時に…

追記:

最後にボランティア参加者全員で「つながり!」とやったりするのはちょっと嫌だった…。
それ以外はとてもよかったのだけどさ。。(ネットの流布には出会いませんでした。代表の方は見てますが)

終礼できちんとやるのはわかる。
でも、、一人ずつ出身地や一言(気遣って「お疲れ様」だけでいいとあったが)言うとか、あまり好きにそこだけはならなかったなぁ。。
それがなければ、満足して帰れたのですが。終礼に入らなければよかったのかな。ま、いっか。

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